■第4回「特撮暗黒時代」その1「子どもと大人と監督とバンクフイルムの話」
 今や、特撮界も仮面ライダーあり、ウルトラマンあり、ゴジラありと豪華絢爛。でも、その昔な〜んにも無い時代がありました。
 明瀬の生まれた富山県は、民放は当時わずか2局。第二次怪獣ブームも終わり、忘れた頃に「ちいさなスーパーマンガンバロン」「スターウルフ」を放送したかと思ったら、その後はぱったり再放送すらも無くなってしまったのです。特撮暗黒時代の始まりです。
そんな時、一つのビックニュースが我が故郷にもたらされたのです。それは「連合艦隊」試写会のお知らせでした。ゲストは「中野昭慶監督」。そう、あの「日本沈没」「ゴジラ対メカゴジラ」の特技監督。円谷英二の後継者と目されるあの大監督の来県です。なんとしても見たい。なんとしてもお会いしたい!  しかし、抽選で200名…。葉書だ!はがき!!! 書きまくりました。1ヶ月分の小遣い全部はたいて書きました。
そして、数日後返送された往復葉書の複の方は、割引券!、また割引券!、わ・り・び・き・け・ん だとー!! 招待券はないのか招待券はー!!! 葉書をぶちまけながら探したら…。 あった!! あったぞぉぉぉ!! 招待券!!! 嬉しかった。心の底から嬉しかった。なんのことはない多分人数調整で一枚だけだったのかも…。でも、もしはずれていたら…。明瀬の特撮脳の思い出の一つが確実になかったはず。
喜びいさんで出かけた試写会場は、東宝大和劇場。明瀬のシネマパラダイスです。中学生だった明瀬は、学生服で出かけ夜の映画館へ。夜に映画を観るのはあまり無いことで、 映画好きの姉夫婦に連れられて来た「203高地」以来です。夜出歩くのは不良なので、とりあえず学生服。硬派でした。
そして、いざ会場へ。中を見て愕然。周りは帝國海軍の帽子をかぶったおじい様方でほぼ満席(この頃までは、まだ戦争実戦経験者の方が身の周りにいたものです。)
なんとか座る場所を見つけウキウキしながら開演。周りで中学生は誰もいません(多分)
映画がはじまり見ていた明瀬は?、?、? この映画変だ。何かが違う!特撮シーンがどこかで見たようなシーンばかり。後半やっと大和の出撃。すごいんだけど、前に出てきた航空母艦の波を蹴立てるシーン に比べたら、明らかに軽い。重厚さがまるでない! いわゆる特撮シーンの大部分が円谷作品の流用、バンクフイルムだったのだ。
終わった後、愕然として外へ出ると夜風が身にしみて…。そこへニコニコしながら●●の宣伝部(だと思う)のおっさんがやって来て「どうだいボク! 面白かった?」 明瀬「つまらん。」おっさん「そんなことないだろう・・・ニコニコ」それから、作品について所見をのべるとおっさんのニコニコ顔が豹変。「子どもの癖に評論家めいたことを言うな!」 素直に言ったらこれだ!まあ子供とはいえ、嫌なガキだったと今なら思うこともあるが、子供にイタイことを言われて怒鳴る大人もどうかと今でも思う。(明瀬はそれ以来、客の文句は仕方がないと思っている。だって客だもの。言いたいことはむかついても、言ってもらって勉強だと思うことにしている)
悔しさに涙が出そうになっていると、ロビーから白いスーツに身を包んだ一人の紳士が出て来た。 中野監督である。明瀬はおっさんをふりきり中野監督に一礼。よせばいいのに同じような所見を言い、最後に一言付け加えた。「円谷さんを超えてください」 中野監督は少し笑ったような気がする。
迎えに来た母の車にのり「あんた!誰と話とったが…」(訳 あなた誰と話してたの!)母はヤクザの親分とでも話していると思ったのだろう。気にせず振り返り見ると、白いスーツだけが目に入った。 後年、中野監督と酒席を共にする機会が何回もあり、当時の気まずさもあって中々話し掛けられず。ある時思い切って話してみたら、当然覚えておられる筈もなく。円谷さんのフイルムを流用した作品のことは聞くのも大人気ないので、未だ話さずにいる。
ちなみに明瀬の作品は予算も時間も無いのでバンクの嵐である。いかんと思いつつも、スタッフの疲労や予算を考えると早めに切り上げてとか思ってしまう事もある。中学生の自分が見たら多分ぶん殴られているだろう。 中野監督の気持ちが少しだけわかるような気がする。でも、明瀬作品はきついと評判である。夜も昼も関係ないと、でも良い物を作りたいからと思うのだけど、スタッフはなかなかついて来れないのが現状だ。
インディーズでもプロ作品でもそれはあまり変わらない。プロのほうが根をあげてしまうこともある。しかたなくバンクの嵐になる。まあ、大人になるっていうのはそんなことなのかもしれないと明瀬は考えた。